【ホラーテラー】[地獄の森] … 白髪の老婆が住んでいて、近付いたら捕まって喰われるとか言われてた
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子供の頃、理由もはっきりしないのに「あそこはヤバいぞ!近付くな!!」って場所無かった?
俺の地元にはあったんだよね。
川沿いにあるちょっとした林だったんだけどさ、「地獄の森」って呼ばれてた。
小学生の頃は結構有名でさ、白い服着た白髪の老婆が住んでいて、近付いたら捕まって喰われるとか言われてた。
そんな場所がある事もすっかり忘れてた頃。
俺の地元、工場ばっかりでさ。
東京のすぐ側なのに電車も通ってないような閉塞感たっぷりな、不便で娯楽のないとこだったよ。
その頃毎晩夜遊びしててさ、兄貴が置いてった単車乗り回してた。
別に遊ぶような所もなかったし、当時はそれが一番楽しかったんだよね。
夏休みに入ったばっかりだった。
その晩も単車二台(一台は原チャリね)で徘徊してた。その時いたのはA、B、俺の三人。
最悪な事にその晩は運悪く地元の族に見つかっちゃってさ、追っかけてきたのよ。
クソガキが夜中にノーヘルで単車乗ってたからなぁ。向こうは確か二人だったと思う。
こっちだって単車だけど覚えたてだからね。逃げても逃げても振り切れ無かった。
川沿いに出たとこで前を走ってたAが原チャリを捨てて土手に向かって走り出したのね。
A「走って逃げんぞ!」
確かにこのまま単車で逃げてても捕まるのは時間の問題だったし、Aは俺達の中でも喧嘩が強くてリーダーみたいな位置付けだったから俺とBも続いたんだ。
(土手は草むらが多くて砂利道だったから確かに足で走った方が速かったしね)
後ろから怒号が聞こえてきたけど振り向く余裕も無いくらいテンパってた。
とにかく焦って鍵抜くのに手間取った。
土手を全力疾走していると森が目の前に見えてきた。
いざ森に逃げ込もうとしたら高いフェンスで囲まれていてよじ登るしか無かった。
族が単車をおりて森の中まで追ってくる気配はなかったけど、まだ排気音が近くに聞こえてた。
捕まりたくない一心から俺達は外から見えないように奥へと進んで行ったんだ。
どんどんと森を進んでいくと段々と静かになってきた。
少し遠くで独特の排気音が聞こえてやっと逃げられたと溜め息が出た。
落ち着いて来て、暫く止まって本当にもう追ってくる気配がないか聞き耳立ててた。
夏の夜更け、辺りは虫の鳴き声だけが澄んだ音色で響いてた。
夏の夜とは思えないくらいひんやりしてたな。 どっちかと言えば寒いくらい。
結構時間が経ったし、俺達は安堵の気持ちから、見た目には全く似合っていない
煙草を吸いながらヒソヒソと「お前ビビってたろ?」とか「っつーか族こえー」とかさっきまでの状況を笑い話にして盛り上がってた。
暫く話してるとふと思い出したようにBが言ったんだ。
B「そーいやここってさ、地獄の森じゃね?」
俺「あれ?お前知ってんの?」
B「小学校の頃有名だったじゃんよ。昔若い女の姉妹がここで殺されたんだろ?」
A「は?なにそれ?ちげーよ!呪いの森だっつーの。四百年前の怨霊がいて、憑かれたら死んだ方がマシってくらい追い込まれんだよ」
B俺「なんだそれ?そっちの方が嘘くせえって。何だよ四百年前の怨霊ってよ」
俺「っつかお前(B)も違うわ!ここには白い服着た白髪のババアが住んでて捕まったら喰われるって話だっての!」
俺の地元、小学校が地域毎に五つあるんだけど、皆違う学校出身だったのね。
俺としては、他の学校でも同じような噂があったんだって感じだった。
むしろこんなに狭い町なのに呼び方とか噂の中身が違うのが面白かった。
そんな他愛もない話しをしてる内にそろそろ行くかって事になった。
寒かったし、随分経ったからもう平気だろって感じでさ。
ここで俺達は自分達がどっちから来たか完璧に分からなくなった事に気付いた。
逃げてた時は相当テンパってたからなぁ。
まぁ大して大きい森って訳でもねーし何とかなんべって事で歩き出したんだけど
一向に出口に着かなかった。 今みたいに携帯なんかない時代だったし、何より疲れもあったせいかどんどん不安になっていった。
一番悪かったのはここが「地獄の森」だって事を意識してる事だった。
夜中に時間も道も分からん中で道に森の中で迷って噂まで思い出したってなると、意識するなって方が無理だった。三人とも、次第に口数は減り落ち着かなくなってきたんだ。
どのくらい経った頃だろ?先の方が少しだけ明るくなった。やっと出られると思ったけど
単に月明かりが差し込んでるだけだった。
俺の地元にはあったんだよね。
川沿いにあるちょっとした林だったんだけどさ、「地獄の森」って呼ばれてた。
小学生の頃は結構有名でさ、白い服着た白髪の老婆が住んでいて、近付いたら捕まって喰われるとか言われてた。
そんな場所がある事もすっかり忘れてた頃。
俺の地元、工場ばっかりでさ。
東京のすぐ側なのに電車も通ってないような閉塞感たっぷりな、不便で娯楽のないとこだったよ。
その頃毎晩夜遊びしててさ、兄貴が置いてった単車乗り回してた。
別に遊ぶような所もなかったし、当時はそれが一番楽しかったんだよね。
夏休みに入ったばっかりだった。
その晩も単車二台(一台は原チャリね)で徘徊してた。その時いたのはA、B、俺の三人。
最悪な事にその晩は運悪く地元の族に見つかっちゃってさ、追っかけてきたのよ。
クソガキが夜中にノーヘルで単車乗ってたからなぁ。向こうは確か二人だったと思う。
こっちだって単車だけど覚えたてだからね。逃げても逃げても振り切れ無かった。
川沿いに出たとこで前を走ってたAが原チャリを捨てて土手に向かって走り出したのね。
A「走って逃げんぞ!」
確かにこのまま単車で逃げてても捕まるのは時間の問題だったし、Aは俺達の中でも喧嘩が強くてリーダーみたいな位置付けだったから俺とBも続いたんだ。
(土手は草むらが多くて砂利道だったから確かに足で走った方が速かったしね)
後ろから怒号が聞こえてきたけど振り向く余裕も無いくらいテンパってた。
とにかく焦って鍵抜くのに手間取った。
土手を全力疾走していると森が目の前に見えてきた。
いざ森に逃げ込もうとしたら高いフェンスで囲まれていてよじ登るしか無かった。
族が単車をおりて森の中まで追ってくる気配はなかったけど、まだ排気音が近くに聞こえてた。
捕まりたくない一心から俺達は外から見えないように奥へと進んで行ったんだ。
どんどんと森を進んでいくと段々と静かになってきた。
少し遠くで独特の排気音が聞こえてやっと逃げられたと溜め息が出た。
落ち着いて来て、暫く止まって本当にもう追ってくる気配がないか聞き耳立ててた。
夏の夜更け、辺りは虫の鳴き声だけが澄んだ音色で響いてた。
夏の夜とは思えないくらいひんやりしてたな。 どっちかと言えば寒いくらい。
結構時間が経ったし、俺達は安堵の気持ちから、見た目には全く似合っていない
煙草を吸いながらヒソヒソと「お前ビビってたろ?」とか「っつーか族こえー」とかさっきまでの状況を笑い話にして盛り上がってた。
暫く話してるとふと思い出したようにBが言ったんだ。
B「そーいやここってさ、地獄の森じゃね?」
俺「あれ?お前知ってんの?」
B「小学校の頃有名だったじゃんよ。昔若い女の姉妹がここで殺されたんだろ?」
A「は?なにそれ?ちげーよ!呪いの森だっつーの。四百年前の怨霊がいて、憑かれたら死んだ方がマシってくらい追い込まれんだよ」
B俺「なんだそれ?そっちの方が嘘くせえって。何だよ四百年前の怨霊ってよ」
俺「っつかお前(B)も違うわ!ここには白い服着た白髪のババアが住んでて捕まったら喰われるって話だっての!」
俺の地元、小学校が地域毎に五つあるんだけど、皆違う学校出身だったのね。
俺としては、他の学校でも同じような噂があったんだって感じだった。
むしろこんなに狭い町なのに呼び方とか噂の中身が違うのが面白かった。
そんな他愛もない話しをしてる内にそろそろ行くかって事になった。
寒かったし、随分経ったからもう平気だろって感じでさ。
ここで俺達は自分達がどっちから来たか完璧に分からなくなった事に気付いた。
逃げてた時は相当テンパってたからなぁ。
まぁ大して大きい森って訳でもねーし何とかなんべって事で歩き出したんだけど
一向に出口に着かなかった。 今みたいに携帯なんかない時代だったし、何より疲れもあったせいかどんどん不安になっていった。
一番悪かったのはここが「地獄の森」だって事を意識してる事だった。
夜中に時間も道も分からん中で道に森の中で迷って噂まで思い出したってなると、意識するなって方が無理だった。三人とも、次第に口数は減り落ち着かなくなってきたんだ。
どのくらい経った頃だろ?先の方が少しだけ明るくなった。やっと出られると思ったけど
単に月明かりが差し込んでるだけだった。
でもおかしいんだよな…。うん、おかしいんだ。
確かに「森」ではあったけど見上げればどこからだって空は見えた。
木があるせいで月明かりが射し込みにくい場所もあるかもしれないけど、他よりも明るいって事はあり得ないと今でも思うんだよな。何かがそう見せてたとしか思えない。
とにかく当時を振り返るとそう見えた訳で、理由をここで考えても仕方がないので話を進める。
ほんの少し明るいその場所に出ると、そこだけは木が生えていなくて、広さでいったら多分公園の砂場くらいの広間(?)だった。
そこ以外の場所は無造作に木が生えてたし地面もでこぼこだったのに、まるで誰かが意図的に木を抜いて地面を均して、わざわざそうしたって感じだった。
俺達から見て少しだけ奥の方は地面が少し盛り上がっていて、その上には古びているけどしっかりと作り込まれた木造の祭壇みたいな小屋があった。祭壇みたいな小屋って例えが正しいのか正直分からない。
寺のミニチュア版みたいな感じでひどく手の込んだ
「社」だったんだと思う。(表現力無くて申し訳ない)
大きさは確か物置小屋くらいだったんじゃないかな…高さは結構低くて少し屈まないと中が見えなかった。
突然目の前に現れた「社」は月明かりに照らされて、静かに佇んでいたけど、その静けさが逆に怖いような、その場にあるのがこれ以上無いほど相応しいような…かなり威容のある存在感を放っていた。
それはもう俺達に言葉を無くさせるには充分だった。
お互いに顔を見合せては首をかしげたり横に振って知らないという事を確認しあった。
暫く近付きも離れもせずに下から覗き込んだり周りを回ったりして様子を伺っていた。
中で何かがチラチラ光っていた。立つ場所と覗き込む角度で見えたり見えなかったりした。
…気になるんだよな…。
こういう時に限って見なきゃいいのに確かめたくなるんだよ。
(何故か)忍び足で社に近付き中を伺うとますます訳の分からない状態が目に飛び込んできた。
お面が飾ってあった。向かい合わせて物凄い古そうな鏡が置かれてる。 光って見えたのは隙間から射し込む月明かりが鏡に反射していたからだった。
誰がどうみても異様だった。何でこんな所にこんな社があるのか、何で中身が鏡と向かい合わせのお面なのか。
普通、こういう社って神様とか祀られてるんじゃないのか?
頭の中で疑問が溢れてきたけど、中坊だった俺達には全く想像も出来なかった。
俺達からはお面は横に見えていた。どんな表情のお面だったのか分からなかったが見えなかった方が良かった。
横顔からだけでもそれが見たことのないモノだって予想できたし、多分正面から見たらやばかったんだ。
能面とか狐面、般若の面とかすぐに想像出来るだろ?不気味だけど整ってるよな?
俺達が見たお面は多分滅茶苦茶な造詣だったんだと思う。横顔だけでも歪な形をしていたように見えたし、月明かりにほの暗く照らされて…うまく表現出来ない事が自分でも歯痒い。
…とにかく正面から見なくて良かったと思ってる。
俺「何かヤバいだろこれ。早く帰ろうぜ」
AB「…」
俺「おい」
A「あ、あぁ悪い。ぼーっとしてたわ。行こう」
俺「とにかくここ離れようぜ。なんかやだよココ」
A「B、行くぞ」
B「…分かった」
怪しい光景と心の中の恐怖心から逃げるように、また忍び足で後退りをしながら森に戻った。
暫くすると、俺達は無言で小走りになっていた。ただ、俺の横にはAしかいなかったんだ。
後ろを振り返るとBが立ち止まってウロウロしている。何か迷っているみたいに見えた。
A「お前何やってんだよ!早く来いよ!!」
苛ついたAが少し大きめの声でBを呼んだ。
B「いや、ちょっと…」
A「いいから来い!」
俺「お前置いてくぞ?」
B「あー、じゃ先に行っててよ」
急にBが残ると言い出して、Aがますます苛ついた。
A「は!?意味わかんねぇ。っつーか何なの?」
B「お前こそなんだよ?だから先に行ってろって!いちいちガタガタ言ってんなよ!」
A「なにお前?殺されてぇの?」
俺「っつーかいい加減にしとけよお前?」
急変したBの態度に理由の分からないムカつきを感じた。
B「あーもういいや。悪かったからさ。もうほっとけよ」
そう言うとBはまた奥へよ走って行ってしまった。
Aは唾を吐き捨てながら「ほっとけよ!まじアイツうぜぇ」と苛立ちを言葉にした。
俺「まぁそうかもしんねぇけどよ。まずいだろ。連れてこようぜ」
確かにBの言動は意味不明だったけど、だからと言ってそのままにしておくわけにもいかない。
それにAはなんだかんだ言ったって良い奴だったからBが心配だったんだろう。
渋々な態度だったけど結局一緒にBの後を追った。
少し小走りに戻るとBが例の社の前で屈んでいた。
何でBが急にあんな事を言い出したのか知りたかったからなのか、どちらからともなく、俺とAは木の影から様子を伺ったんだ。Bはどうも社の中を覗き込んでいるようだった。
他の事は気にならないって感じでますます様子がおかしかった。
ゆっくりとBが社の中に手を突っ込もうとした。
俺とAは何故か慌てて飛び出しBの体を押さえ付けて強引に引き離した。
AなんてBのTシャツの首を掴んで引っ張ったもんだからビリビリに破けてたよ。
それでもBはまだ手を伸ばしていた。さっきBが一人残ると言い出した時とはさらに様子が違っていて、Bは俺達に目も合わせずただただ社の中に手入れようとしていた。
多分…どっちかを取ろうとしたんだろな。
単に怖かっただけかもしれない…ひょっとしたら嫌な予感がしたのかも…。
とにかく俺もAも社の中にだけは手を出したらまずいと感じてたんだ。
B「何で邪魔すんだよぉ!!」
子供が駄々を捏ねるような言葉を繰り返しながら、俺とAを振りほどこうとBはもがいた。
Bを殴り髪を掴んで力づくで引きずり倒した。
馬乗りになって押さえ付けるといつものBに戻っていた。
B「いってーな!急に何すんだよ?」
俺もAもその場で力が抜けたよ。
A「おい…お前大丈夫か?」
B「っつーか重てーんだよ!」
俺は暫くどかなかった。まだ疑ってたからね。
俺とAはBに質問を繰り返したんだ。「何でわざわざ戻った?」とか
「自分が何してたか分かってんのか?」とかね。どっちかって言うと理解して安心かった。
ただBは訳分からないって感じで話が噛み合わなかったしあんまり覚えていないようだった。
一向に話は噛み合なかったけど、Bは元に戻っているように見えた。
とりあえず俺たちは早く家に帰りたかったから歩き出したんだ。
夏の朝は早いもので、気付けば空も白み始めてた。
辺りが明るくなってくると不思議と安心するもので、俺たちは(今度は)苦もなく森に入ったフェンスに辿り着いた。
さっきまであんなに探しても出られなかったのに。
多分俺らを追いかけた族がやったんだろうけど、単車のタンクがへこんでた。
しかも鍵穴がなんかガチャガチャになってたし…、ま、盗まれなかっただけマシだったな。
「ポリに捕まるなよ?」
いつもと同じ言葉で朝方の道路を家へと向かった。BはAが送っていった。
家に着くと、疲れからかあっという間に眠りについた。
昼過ぎに目が覚めると、外には雨が降っていた。
雨が降っていたせいで気が滅入った。かなり強く降っていたから
「今日はどこにも行けねーなー」なんて思いながら台所で飯を食った。
居間に行くとお祖母ちゃんがお茶を飲んでた。普段はそんなに改まって話すこともないのに、ふと「地獄の森」の事を知ってるか気になった。
祖母「今起きたんかい?夜遊びばっかりして。お母さんに面倒かけるんじゃないよ」
俺「うん…。ところでお祖母ちゃん、○川のところにある森知ってる?
俺達は地獄の森って呼んでるんだけど…」
祖母「あんたあんなとこに行ったの?」
俺「いやいやいや、行ってないよ。子供の頃有名だったからさ」
お祖母ちゃんが予想外に否定的な反応したせいか思わず嘘をついてしまった。
俺「友達と話してたらちょっと思い出してさ、今度行ってみようかって話しになっただけ。行かない方がいい?」
祖母「あんなとこ行ったってしょうがないからね、変なとこ行くんじゃないよ」
俺「変なとこって…何かあんの?」
祖母「別に何もないけどね…用も無いとこに行くもんじゃないの」
少し怒っているように見えた。明らかに何かあると子供ながらに感じたよ。
俺を近付かせたくないみたいだった。
当然、俺の頭の中では昨日の出来事を連想していた。中々事実を切り出せなくて困っているとさらにお祖母ちゃんが続けた。
祖母「あそこはねぇ、お祖母ちゃんが子供の頃から近付くなって言われてたのよ?良くない噂も多いし…近付いちゃ駄目よ?」
何も無いって言ってたのに…。
最後は諭すような話し方だった。俺は生返事をして部屋に戻った。
煙草を吸いながらぼーっとあの森での事を思い出していた。
俺達が知ってる「地獄の森」の噂ってさ、共通点が無いんだよ。
それに俺達が見た社や鏡、お面の事なんか全く出てこない訳。
一つ目は殺された姉妹。
二つ目は四百年前の怨霊。
三つ目が白い服の老婆。
他にも噂があるのか、或いは全部噂に過ぎないのか、真相は何なのか…
なんて分かるはずも無い、とりとめも無い事を考えていた。
それに、昨日のB…。何が起きたんだろう。普通じゃなかった。
Bはどっちが欲しかったんだろう?正直、どっちも怪しい。
お面を手にとってほくそ笑む姿や鏡を覗き込みながら満ち足りた顔をしているBの姿が浮かんできた。
浮かんできてはその度に頭の中の映像を掻き消した。
とりあえず、Aに電話してみる事にした。Bじゃなかったのは…。
もし電話してBに何か起きてたらと思うと怖くて電話出来なかったからだった。
俺「A?特に用事があったわけじゃねーんだけどさ…」
A「いや丁度良かった。お前今暇?ちっとヤバそうなんだよ。さっきBに電話したら何かおかしいんだよ」
不安が増してきた…。
俺「おかしいって?」
A「おぉ、何かずっと昨日の話ばっかでよ。何で止めたのかとか、お前は欲しくないのかとか言い出しててよ…。邪魔してんじゃねーとか言われて頭来たんだけどよ…ヤバイよな?」
A「とりあえずこれからBんとこに行くわ。お前どうする?」
俺「俺も行くよ。Bの家でいいんだろ?」
A「じゃあBん家の横にある自販の前で待ち合わせな」
嫌な映像が頭の中で流れてた。…多分Aも同じだっただろう。
昼間だったし、雨だったから(中坊らしく)傘差しながらチャリンコに乗ってBの家に向かった。
お祖母ちゃんには本当の事話した方が良いかもなんて考えはチラついたけど、何となく言い出しにくくて
それはしなかった。
Bの家に着くと、いつものように自販の横で煙草を吸いながら俺を待っていたAと合流した。
玄関でBを呼び出したけどBはいなかった。
Bのお母さんが出てきてこう言ったんだ。
「あれ?A君と遊びに行くって出てったわよ?一緒じゃないの?」
Bはきっと森に行ったんだと思った。それ以外考えられなかったし、雨の中で社の前に立つBを想像していた。
Bのお母さんには適当に話を合わせて俺達はすぐに森に向かった。
雨のせいで滅入ってた所に、さらに重苦しい不安が積み重なって来た。
森に着くと早速フェンスを越え中へと進んだ。大粒の雨のせいで物音は聞き取れなかった迷った記憶を思い出しながら進んでいくと、遠くに人影が見えた。Bだ。
何か迷っているように見えた。
俺「Bー!何やってんだよ!こっちに来いよ!」
A「おーい!風邪ひいちまうぞー!」
俺達は走ってBのとこまで行ったんだ。でもBはすぐに走ってどっかに行っちまう。木が邪魔で何度も見失っては探し、見つけては見失った。
ようやくBに追いついた時には俺もAも息が切れてたよ。
邪魔だったから傘も差していなかったせいでびしょ濡れだった。やっとの思いでBを捕まえて、逃げ出さないように俺もAもBの腕を掴んでた。
Bは俺達なんか意識の外で…、ずっと「見つかんねぇ…どこだよ?」
「あ~ヤバいヤバい。早くしねーとヤバイよ…」といった独り言を呟きながら辺りを見回していた。
時々、聞き取れないくらいの声で何かを呟いてた。
今思うと、鏡とお面に呼びかけてたのかも…記憶を探ってみると『祝詞』のような感じだった気がする。(こじつけかもしれないけど)
Aも俺も、自然と泣けてきた。友達がこんな事になるなんて考えた事もなかったし何をどうしたらいいかまるで分からなくて…不思議と泣けてくるんだ。
いつも強気で誰に対しても噛み付くようなAが、聞いた事がないくらい優しい言い方でBに声をかけていた。
A「なぁB、次は俺も一緒に探してやるから…雨が降らない日にしようぜ?絶対に、約束するから…。な?頼むよB、一緒に帰ろうぜ」
A「風邪引く前にどっかで休もうぜ?缶コーヒー奢るからよ」
何でなのか理由は分からないけど少し間を置いてBが頷いたんだ。
俺達と視線を合わせてはくれなかったけど、もう独り言は言わなかった。
俺もAも泣きながらBの腕を掴んで、お互いの傘をBが濡れないように差してたよ。
Bと一緒に帰れるって事だけで充分だった。
出口のフェンスを越えていた時だった。雨合羽を着たおじさんに見つかったんだ。
怒鳴りながら小走りで近付いてきた。
「こらぁ!入っちゃ駄目だろ~。何で入ったんだ?」
俺とAは「すみません」としか言わなかった。早くその場を離れたかったからね。
おじさん「ん?その子どうした?大丈夫か?」
A「平気っス。勝手に入ってすみませんでした…」
おじさん「君達どこの子だ?」
俺「大丈夫ですから気にしないで下さい。俺達もう行きますから」
俺達の様子がよっぽど怪しかったのか、なかなか帰らせてくれなかった。
おじさん「おじさんなぁ、三丁目に神社あるだろ?あそこで神主やってんだ。ここも管理しててな、たまに見回りに来るんだよ。何かあったんじゃないのか?」
神主って言葉がやけに響いた。最初は顔を見合わせてどうするか悩んでた俺達は、気が付けば藁にもすがる思いで俺とAは昨日からの出来事を捲し立てた。
結局、俺達三人はそのおじさんのバンに乗って、神社に行く事にしたんだ。
「少し落ち着いて話を聞きたい」って事でさ。
BはまだいつものBに戻ってなかったけど、単にぼーっとしてる感じだった。
もう独り言も呟いてなかった。
神社に着くと、奥にあるおじさんの家で風呂に入らされた。
「俺のせいで風邪引かれたらたまったもんじゃねぇからな」とはおじさんの言葉。
今思うと俺達が遠慮しないように気を回してくれたんだな。神社に戻り、今度は落ち着いて昨日の事、今日の事を話した。温かいお茶が美味しかったな。
ひとしきり話をして、俺達はおじさん=神主の言葉を待ったんだ。
主「大体分かった。君と君(俺とA)は別になんとも無いんだな?」
A俺「俺は大丈夫っす」
A「それよかBは大丈夫なんすか?」
主「う~ん…少し待っててくれるか?」
そう言うと奥へと下がって行った。誰かと話しているみたいだった。
戻ってくると、静かにこう言った。
主「大丈夫、今なら元通りになるよ」
A俺「マジすか!?良かった~!」
主「でもまだ気は抜けないからね。
B君の親御さんには俺から連絡入れておくから、後は任せなさい。」
A「どうなるんすか?」
Aが少しだけ攻撃的な口調で訊ねた。友達を心配しているAの心情を察したのか神主のおじさんはちゃんと話してくれた。
主「B君はおじさんの知り合いの方に一回見てもらった方がいいんだよ。大丈夫。信頼できる方だから必ず良くしてくれるよ」
俺「それ何するんすか?お祓いとかすか?いつまでかかるんすか?もしかずっとって事になるとか…」
主「いやいや、そんなにはかからないはずだよ。ただこういうのは順序ってのがあるからね」
A「知り合いってどこにいるんすか?」
主「それは言えないね。言ったら君達行くだろう?それじゃあ駄目なんだよ」
相当疑ったしその後もかなり噛み付いたが、結局はよく分からなかった。
ただそういうモノだと理解して強引に納得した。何よりBが元通りになるなら他の事はどうでも良かったしね。
神主さんの電話を受けて、Bのお母さんがやって来た。
続いて俺の親、最後にAの親父さんが迎えに来た。
BとBのお母さんだけを残して俺達はそれぞれ家に帰ることになった。
帰り際に俺達が見た社とその中の物について訊いてみた。
主「それこそ知らなくてもいい事だよ!!」
一言で終らされた。
温厚な人だったけど、この時だけは怖かったな。
Bはその翌日から早速行ってしまった。行先は教えてもらえなかった。
Bのお母さんは変わらずに接してくれたけど…俺達は申し訳無い気持ちで一杯だった。
残された俺とAは、退屈な夏休みを過ごした。
9月に入り、10月が過ぎて11月になっても、雪が降ってもBは戻って来なかった。
俺もAも、進路の事で周りが慌ただしくなっていた。
高校は別々になったけど、Aとはちょくちょく会っていてあの時の事を話し合った。
Bん家の横にある自販で缶コーヒー飲みながら煙草を吸ってみたり、神主さんのとこまで行っては「もしかしたら帰って来るかも」と勝手な期待をしては寂しい思いを繰り返していた。 次第に、神社に行ってBがどんな状態なのか、いつ戻ってくるのか聞く回数も減っていった。
何度かあの森の事を調べようともしたけど、結局教えてくれなかったし他に知っている人も探せなかった。知る方法も無かった。
俺達は絶対にあの森の話を誰にもしないって約束した。それだけ後悔してたし、俺達の話を聞いて誰かがまた辛い思いをするのは嫌だったから。
気付けば、いつの間にか俺達は高校を卒業する年になっていた。
高校を卒業してAは地元で大工になり、俺は受験に落ち、ある種気ままな浪人生活を送り次の春を迎えた。
俺の邪魔をしないように気を遣って連絡を控えていたAから連絡が来たのは、奇跡的に大学に受かった一週間後だった。
A「受かったんだって?良かったじゃんよ!とりあえず祝ってやるから出てこいよ!」
誰から聞いたんだか…。
何で俺が言う前に教えちゃうかな。
まあ…やっぱり嬉しかったよ。辛い一年間が終わった事も嬉しかったし、久しぶりにAと会うのはもっと嬉しかった。
地元の居酒屋につくと、Aが「おい!こっちだよ」と満面の笑みで手を振っていた。
最後に会った時より顔付きは優しくなったけど、ガタイはさらにいかつくなってた。
A「久しぶりだな優等生!お前どんな裏技使って受かったんだ?」
俺「うるせぇ俺の引きの強さを知らねぇな?」
久しぶりにAとお互いを馬鹿にしあって本当に楽しかった。
ただ…ここにBがいない事だけが寂しかった。きっとAもそうだったんだろう。
俺は出来る限りその話題に触れないようにした。
居酒屋を出てふらふらしながらAと歩いた。
煙草を吹かしながら、お互いに言葉も出さずに随分歩いた。
気が付くと、俺達はあの神社の前まで来ていた。
見上げると、雲一つない空に月が綺麗に佇んでいた。
A「なぁ。Bに合いてぇな」
俺「…」
A「実はよ、どこにいるか聞いたんだよ」
俺「嘘つくなよ。誰に聞いたんだよ」
A「ここの爺さん」
俺「なんでお前に教えてくれんの?」
A「仕事でよ、ここを少し直したんだよ。その後にな…」
俺「どこいんだよ?」
A「○○県」(詳しく言えないけど東北地方ね)
俺「は?なんでそんなとこにいる訳?」
A「神主のおっさんの知り合いに見てもらうって言ってただろ?んでその知り合いがいるのが○○県にある神社にいるんだとよ」
俺「作んなよ。俺達に教えてくれる訳ねーじゃねーか」
A「あん時は俺達がガキすぎたんだよ。こうして社会に出てる姿見て
教えても大丈夫って事で教えてくれたんだよ」
俺「お前、それいつ聞いたんだよ?」
A「去年の年末」
俺「何ですぐ言わねーんだよ!!」
A「お前、大事な事があっただろうがよ」
思い出した。なんだかんだ言ってAは良い奴だった。
俺が落ち着くまで我慢してたんだと。。。いかつい癖にカッコつけやがって。
Aの仕事の都合で、二週間後のに俺達はBのいる○○県へと向かった。
Aがローンで買ったワゴンで俺達は夜中の高速を北上した。
俺はまぁ良いとして、Aは二日しか休みが無かったのに
「車でってのが良いんだよな!こーゆーのは!!」なんて言ってた。
日帰りで行ける距離だと思ってたらしい。無茶苦茶だよ。
季節的にはもう春に入ってたけど、車で2~3時間も走った頃には外はかなり冷え込んでた。道の端にはまだ大分雪が残ってた。
長時間の車移動も、疲れるってよりも興奮の方が大きくて途中インターで飯食ったりしながら運転を交代しつつ、夜明けまでかけて目的地に向かっていった。
神社の爺さんに聞いた場所を慣れない地図を片手に進んでは停まって地図を見て、また少し進むって事を繰り返した。
多分ここだろう、って場所に着いた頃にはすっかり日が昇ってた。
車を降りて見回すと、地面に直接木が埋め込まれてる階段が(こういうのなんて呼ぶんだ?)少し離れたところにあった。
どうやらそこを上って行かないとその神社には辿り着かないらしい。
ここまで来ると春とか関係なく寒さが強烈で、地面はまだまだ雪があってまともに歩けなかった。ぶるぶる震えながらポケットに手を突っ込んで登ったよ。
相当時間かかったけど、何とかそれらしい古い建物の前に来た。
お世辞にも綺麗だとは言えなかったな…。
こんなとこに人がくる訳ねーだろってくらい不便なとこに建ってたし、誰か管理してんのかよ?ってくらい寂れてた。)
Aと二人、神社の正面にしばらく無言で立ってた。
もうさ、散々寂しい思いをしてきたからさ。またそんな事になるってのが嫌だったんだよ。
もしもここが違う場所で、今日もまた途方に暮れて帰らなきゃならなくなるって事だけは勘弁だった。
俺達は神社の中を覗き込もうとしたんだけど、鍵がかかってたし近くに家とかある訳でも無いし、とりあえず周りを一周とかして何か起きないかって淡い期待を抱いてたんだけど…何も起きなかった。
どのくらいだろ?2時間くらい?寒い中うろうろしてたんだけどさ
もう心が折れて「本当にここなのかよ?」って気持ちが溢れてきた。
Aもやたら苛ついてたし、空き缶に溜まった煙草の吸い殻だけが増えていった。
日が暮れ始めた頃、項垂れながら車に戻った。
車の暖気を待つ間お互い無言だった。計画なんて立てなかったから今日どこで寝るんだろうとか、民宿に泊まれるかとか風呂入りたいとか、とにかくどーでも良い事だけ考えてた。
暫くすると、お互い無言のまま神社を離れた。
さすがに体だけじゃなく精神的にも疲弊しきってた俺達に、そのまま帰るってのは無理な話しだった。
車を走らせ今晩過ごせる場所を探した。
何とか市街地に出る事が出来て、とりあえず晩飯を終わらせ素泊まりできる民宿に泊まる事ができた。
風呂に入り、電気を消して暗さに慣れた目で天井を見てた。
俺「今日は疲れたな。やっぱり新幹線とかのが良かったな」
A「悪い」
俺「明後日仕事だろ?大丈夫かよ?ちゃんと帰れるか?」
A「ん、まぁ大丈夫だろ」
意識して言い争いにならない様にお互い言葉を選んだ。
疲れてたけど中々寝付けなかったから、途切れ途切れで話しをしてたんだ。
それでも俺達はまた無言になり、いつの間にか眠りに落ちていた。
目を覚ますとやる気満々の顔になってるAがいた。
A「おう!早く起きろよ。すぐに行くぞ!」
俺「???」
A「B探すに決まってんだろうが!」
一緒に来たのがこいつで良かった。空元気だろうが何だろうが昨日の敗北感を消してくれたからな。
早速準備をして、また神社に向かったんだ。ただ、今度はもう少し策を使おうって事でさ、途中の公衆電話から神主のおっさんに電話をしたんだ。
(ちゃんと電話番号を持ってるあたりがAの意外なとこなんだよな。
ちなみにこの時代はいいとこポケベル。携帯があればかなり助かったのにな)
A「もしもし?Oさんですか?Aですけど。今○○に来てるんすよ」
O「???」
※この後分かりにくくなるからOさんにしときます。
A「あ、いやお爺さんに教えてもらったんすよ。で、場所よく分からないから電話したんすけど、Bってどこにいんすか?」
(A:やべぇ、すげぇパニくってる!!クヒヒ!!)
Aのドヤ顔がかなり面白かった。
O「xxxxxxxxx?xxxxxxxxxxxxxxxx、xxxxxxxx。xxxxxxx!!」
何言ってるか俺には聞こえなかったけど一生懸命何か言ってるみたいだった。
A「大丈夫っすよ。顔だけ見て安心したら帰りますから。
え?あ、そうすか?すいません、助かります!!」
電話を切るとAは満面の笑みで「かなりビビってたけどよ、諦めたみてーでこっちの人に連絡してくれるってよ。あの神社で待ってれば昼前にはBを連れて来てくれるようにお願いしてくれるって」…強引な裏技いきなり使いやがって。今考えたら最後のカードをいきなり切ってるようなもんだったな。
昼まで待ちきれなかった俺達は、早速現地について車の中で待つ事にした。
昨日と随分違うのは期待が現実に変わる可能性が高いって事と、俺もAもそれを信じて疑わなかった事だな。
今思うとちゃんと連絡とれるか分からないかもしれないとは一切考えなかったな。
浮かれてたんだな。
小一時間くらい立った頃かな?車のバックミラーに人影が映ったんだ。
二人組の男だった。俺達は目を合わせ、頷いた後車から降りて二人が来るのを待った。
一人は背の高い若い男。一人は爺ちゃんって言っても良いくらいの感じだった。
俺達の車の前まで来ると足を止めて無言で立ってた。
すぐにBだって分かったよ。でも、あんなに会いたかったのにいざ会うと何て切り出せばいいか分からなかった。
「久しぶり」「お前何してたんだよ?」「何で帰ってこねーんだよ?」
どれも正解で、どれも間違えてる気がした。もしかしたら会いたかったのは俺達だけで、Bはほっといて欲しかったのかもって急に思えて来て怖くなった。
「こんなとこまでわざわざ来やがって…相変わらずお前らどーしよーもねーな!?」
そう言ってBがニカッっと最高の笑顔を見せた。その瞬間、嬉しさがこみ上げて来た。
俺達の知ってるBだった。
A「何だよお前?わざわざ来てやったのによ?殺すぞ?」
俺「お前いい加減にしろよ?」
その後はまぁ、言葉が出なくなったんだけどね。三人とも「うんうん」見たいな感じで頷く事しか出来無かった。
B「あぁ、やべ。紹介するわ。俺がこっちで世話して貰ってるOさん」
A「Oさん?」
B「簡単に言うと、俺達の地元の神社の神主さんいただろ?あの人の叔父さんなんだよ。あの後この人に預かってもらって、恩返しで仕事手伝ってんだ」
この叔父さんが本家筋、俺達の地元の神主さんは分家なんだとさ。分家だけじゃ荷が重過ぎるって事で本家の力を借りたってのが本音らしい。
積もる話しは尽きなかったから、Bの家で飲み直そうって話しになった。
Oさんに色々面倒見て貰ってて、安いアパートを紹介してもらってそこに住んでるらしい。
話しは大いに弾んだがやっぱり俺とAには気になって仕方の無いことがあった。
「Bがあの後どうなったのか」と「何で今まで帰って来るどころか連絡もしなかったのか」
そして「地獄の森」の真実だ。
話しを切り出しBに訊ねてみると
「もう少し待てよ。来年、いや再来年には多分そっちに帰れるし話せると思うから」ってはぐらかされた。勿体ぶっているのとは少し違うみたいだし、Bがそう言うならって事で話題を変え、朝まで三人、しこたま飲んだ。
翌日、二日酔いに耐えながらの車は人生でもワースト3に入るくらい辛かった。
(途中何度も強制的にインターに寄る事になったよ)
それから2回目の夏、あの夏から数えて丸6年、やっとBが帰ってきた。
祝いの酒を楽しみにしていたが俺達の顔を見るなりBの口からは意外な言葉が出てきた。
B「懐かしむ前に、行くとこあるよな?今から行くぞ」
Bが喜んだり懐かしんだりする素振りも見せなかった事に内心驚いてたが俺達の事は気にせず、Bは離れて立っていた。
少しすると古いバンがやってきた。車から降りてきたのは神主のおっさんだった。
こっちに戻ってくる前にBから連絡しておいたらしい。俺達を乗せた車は川の方へ向かって行った。
俺達三人は「地獄の森」に戻って来た。
前と違うのはそこには神主のおっさんがいる事、そして初めてフェンスの扉を「開けて」森に入った事だった。
話すならここが良いだろうってBの提案らしい。
森の中をゆっくり歩きながら、俺とAは「地獄の森の真実」を聞かされる事になった。
(よく理解できない所も多かったし、全部覚えてる訳じゃないけど出来る限り書いてみる)
それは突拍子もない話から始まった。
昔々の話し。
それこそ聞いた俺達(Aと俺)でさへ眉唾になるくらい古いの話し。
もしかしたら話してるOさんとBも自分で言ってて訳分からなくなってんじゃ
無いかってくらい嘘臭い話しだった。
まだそこら中に神様がいるって信じられてた頃、神様に捧げる祈りの一つに舞ってのがあった。
猿楽とか神楽舞とか能とかって概念がまだ無かった頃の話し。
飢饉とか災害とか流行病や侵略で簡単に人が死んでく時代に一人の舞手の男がいた。
この時代の舞ってのがどうも神様に捧げて、天恵を受ける為の大事なものだったらしい。
根本的に、今の芸能の舞とは違った訳だ。
ただ、いつだって神様は応えてくれなかった。
いくら舞を捧げても屍はそこら中に溢れてたし、簡単な事でそれは増えていった。
遂には男が愛する妻と一人娘まで、流行病に侵されていつ死ぬかもしれなかった。
それでも男に出来る事なんて他には無くて、一心不乱に神様に舞を捧げてたんだ。
どこから聞いたのか、誰から聞いたのか、男の舞は具体的な手段に変わっていく。
月夜の晩に桂の葉から零れ落ちる夜露を厚め、祈り(舞)を捧げ神に報われる事で万能の薬が出来上がる。
男はその土地で神がいると信じられていた大岩の前で昼夜を問わず七日七晩祈りを捧げた。
やがて、雫は一口の薬となり八日目の朝、男は動かなくなったからに鞭打って大切な家族の住む家へと帰った。
万能の薬を手に入れたはずの男が目にしたもの、それはすでに屍となり腐臭を発する我が妻と娘の変わり果てた姿だった。
すでに精魂使い果たしていた男は、そのまま崩れ落ちるようにその場で息を引き取った。
男が死んだ時、その顔には舞にて被る面がまるで皮膚と一体化しているように被られたままだった。
土地の司祭(呼び方覚えてない)が神に捧げるための奉納物として面を預かり、奪いにくる者が現れないようひっそりと保管された。
不思議な事に、その面はいくら年を経ても一向に朽ちる事が無かった。
やがて、時代は動乱を迎え、時代が経つとともに面はその身の置き場所を転々とし、知る者もいなくなり、何処にあるかさへ忘れられていく。
一度は失われたこの面が見つかったのは大正の初め頃だった。どういった経緯でそこにあったのか、さる名家の屋根裏から葛篭に入って出て来た。
そして、然るべき管理者という事で白羽の矢がたったのがBがお世話になったO家。
ただ、すでに本家にはご神体があり同じ場所で預かる訳には行かなかった。
ちょうどO家の親族が少しずつ枝分かれし、まだ沼地だった関東に移り住む者が出て来た、そういった時代と人の流れの中、戦後の混沌から避ける様に俺達の地元に運び込まれ、やがて森の中に社が建てられ、面は人知れず静かな時間を過ごしていた。
O家は、神主って立場柄発言力が強かった。
「森に近づくな」ってのはほぼ強制的に当時の住民に対して暗黙の掟になったらしい。
地元に電車が通っていない理由も、駅ができると人が増え森が安全じゃなくなるからって理由で村全員が反対したって事だった。今から数十年前の話し。
それでも、俺達みたいな奴らはいつの時代もいて、中にはBのようになりその度に村人に掟を思い出させた。
「森に近づくな」
好奇心の強い子供達が近づかないように、「森にはお化けがいる」「行ったら食べられる」といった噂が根付き、やがて分化していった。
それぞれの噂には元になる実話があって、必ずしも完全にデマって訳じゃないらしい。
例えば殺された姉妹は、50年以上前に突如いなくなり、神隠しにあったと騒がれた姉妹が社の前で餓死していたって話しが元になっているらしいし…。
やがて、そういった話には長い時間をかけて尾ひれ背ひれが付いたり苔まで生えてきて本当の形が見えなくなったんだ。
そしてそれが「地獄の森」の真実。
じゃぁBに起きた事は何だったのか。Bはその時の事はよく覚えていないらしい。
ただ、一言だけ「あの時は何故か分からないけど俺があの面を被らなければいけない気がして仕方なかった」と。
Oさんが言うには、あの面には物凄い力が込められていて、それは人の思いだったり依代としての霊験だったり。ただ、それは陰の力でしかなくて、とてもじゃないけど近づいて触れていいモノではないらしい。
O「Bは魅入られたんじゃないかな?持ち主としてね」
Bはまだ触らなかったから魅入られていても何とかなったそうだ。
面がBを呼び続ける限りBは元に戻らなかったし、その為にはBを遠くに「隠す」必要があった。面がBを諦めるまで、忘れてしまうまで、Bがこっちに戻って来ても大丈夫になるまで誰にも居場所は教えられなかったそうだ。
長い話しをしているうちに、俺達は社の前まで来ていた。
あの晩と、雨の日の光景が頭の中で映像として映し出された。
いくら真相が分かったからといっても嫌な気持ちからは逃げられなかった。
O「もうこの中の面と鏡は他所へ移せたから、心配いらないよ」
O「移す場所を探して、中継に遣う場所を決めて、その土地に礼を尽くして、面に魅入られないように、怒りを買わない様に、少しずつ移動したんだ。今ある場所に祀るまで実に6年間かかった、長かったね、長過ぎたよ」
B「Oさん、何から何まで本当にありがとうございました。お前らも、ありがとうな。お前らが追っかけて来てくれなかったら、俺、多分ここにいなかったよ」
Aと俺は言葉が出なかった。なんかもう起きてる事が俺達の理解の外で頭の中がぐるぐる回ってた。Aはそれでも反応しようとしてたけど「お、おぉ」
みたいな情けない声しか出ないし、俺は声も出ないくらい情けなかった。
混乱しながら森から出て、三人並んで河原で煙草吸いながらボーッとして。
それからBは家に送られて、俺達はまだ河原にいた。
Bが戻って来たって実感が湧いたのは、三日後に三人で集まった時だった、
あれから、祀るモノの無い社は取り壊され、いつの間にかフェンスも消えていた。
あの面は今何処にあるのかは俺達三人は知らない。知りたいとも思わない。
今後出会いたいとも思わない。
長い割には大した事無い話しだけどこんなもんです。
長々と駄文に付き合ってくれてありがとう。
…でもさぁ、あれから随分経ってふと思い出すとさ、腑に落ちない事があるんだ。
ここからは俺の飛躍した想像だし、証拠とか何も無いんだけどさ…。
俺達が聞いた話し自体が『地獄の森」と同じなんだよ。
尾ひれ背ひれがついているのか、あるいは意図的に歪められたのか。
俺達が見たり聞いた物事の中に『鍵』が見え隠れしてる。
これ、月の不死信仰の話しなんだよ。次の五つを並べるとそうとしか思えない。
「月夜」「桂」「夜露」「万能の薬」そして社にあった「月明かりを映す鏡」
面については分かった。けど鏡の意味は?一切出てこないんだよ話しの中に。
何で鏡が月明かりを面に照らしてたんだ?
萬葉集にこんな歌があってさ…
天橋も 長くもがも 高山も 高くもがも 月夜見の
持てるをち水 い取り来て 君に奉りて をち得てしかも
『をち水』漢字で書くと『変若水』
あまりにも飛躍しすぎていて、これ以上は書かないけど…きっと真実を知ることは
出来ないし知ろうとすること自体禁忌なんだと思う。
確かに「森」ではあったけど見上げればどこからだって空は見えた。
木があるせいで月明かりが射し込みにくい場所もあるかもしれないけど、他よりも明るいって事はあり得ないと今でも思うんだよな。何かがそう見せてたとしか思えない。
とにかく当時を振り返るとそう見えた訳で、理由をここで考えても仕方がないので話を進める。
ほんの少し明るいその場所に出ると、そこだけは木が生えていなくて、広さでいったら多分公園の砂場くらいの広間(?)だった。
そこ以外の場所は無造作に木が生えてたし地面もでこぼこだったのに、まるで誰かが意図的に木を抜いて地面を均して、わざわざそうしたって感じだった。
俺達から見て少しだけ奥の方は地面が少し盛り上がっていて、その上には古びているけどしっかりと作り込まれた木造の祭壇みたいな小屋があった。祭壇みたいな小屋って例えが正しいのか正直分からない。
寺のミニチュア版みたいな感じでひどく手の込んだ
「社」だったんだと思う。(表現力無くて申し訳ない)
大きさは確か物置小屋くらいだったんじゃないかな…高さは結構低くて少し屈まないと中が見えなかった。
突然目の前に現れた「社」は月明かりに照らされて、静かに佇んでいたけど、その静けさが逆に怖いような、その場にあるのがこれ以上無いほど相応しいような…かなり威容のある存在感を放っていた。
それはもう俺達に言葉を無くさせるには充分だった。
お互いに顔を見合せては首をかしげたり横に振って知らないという事を確認しあった。
暫く近付きも離れもせずに下から覗き込んだり周りを回ったりして様子を伺っていた。
中で何かがチラチラ光っていた。立つ場所と覗き込む角度で見えたり見えなかったりした。
…気になるんだよな…。
こういう時に限って見なきゃいいのに確かめたくなるんだよ。
(何故か)忍び足で社に近付き中を伺うとますます訳の分からない状態が目に飛び込んできた。
お面が飾ってあった。向かい合わせて物凄い古そうな鏡が置かれてる。 光って見えたのは隙間から射し込む月明かりが鏡に反射していたからだった。
誰がどうみても異様だった。何でこんな所にこんな社があるのか、何で中身が鏡と向かい合わせのお面なのか。
普通、こういう社って神様とか祀られてるんじゃないのか?
頭の中で疑問が溢れてきたけど、中坊だった俺達には全く想像も出来なかった。
俺達からはお面は横に見えていた。どんな表情のお面だったのか分からなかったが見えなかった方が良かった。
横顔からだけでもそれが見たことのないモノだって予想できたし、多分正面から見たらやばかったんだ。
能面とか狐面、般若の面とかすぐに想像出来るだろ?不気味だけど整ってるよな?
俺達が見たお面は多分滅茶苦茶な造詣だったんだと思う。横顔だけでも歪な形をしていたように見えたし、月明かりにほの暗く照らされて…うまく表現出来ない事が自分でも歯痒い。
…とにかく正面から見なくて良かったと思ってる。
俺「何かヤバいだろこれ。早く帰ろうぜ」
AB「…」
俺「おい」
A「あ、あぁ悪い。ぼーっとしてたわ。行こう」
俺「とにかくここ離れようぜ。なんかやだよココ」
A「B、行くぞ」
B「…分かった」
怪しい光景と心の中の恐怖心から逃げるように、また忍び足で後退りをしながら森に戻った。
暫くすると、俺達は無言で小走りになっていた。ただ、俺の横にはAしかいなかったんだ。
後ろを振り返るとBが立ち止まってウロウロしている。何か迷っているみたいに見えた。
A「お前何やってんだよ!早く来いよ!!」
苛ついたAが少し大きめの声でBを呼んだ。
B「いや、ちょっと…」
A「いいから来い!」
俺「お前置いてくぞ?」
B「あー、じゃ先に行っててよ」
急にBが残ると言い出して、Aがますます苛ついた。
A「は!?意味わかんねぇ。っつーか何なの?」
B「お前こそなんだよ?だから先に行ってろって!いちいちガタガタ言ってんなよ!」
A「なにお前?殺されてぇの?」
俺「っつーかいい加減にしとけよお前?」
急変したBの態度に理由の分からないムカつきを感じた。
B「あーもういいや。悪かったからさ。もうほっとけよ」
そう言うとBはまた奥へよ走って行ってしまった。
Aは唾を吐き捨てながら「ほっとけよ!まじアイツうぜぇ」と苛立ちを言葉にした。
俺「まぁそうかもしんねぇけどよ。まずいだろ。連れてこようぜ」
確かにBの言動は意味不明だったけど、だからと言ってそのままにしておくわけにもいかない。
それにAはなんだかんだ言ったって良い奴だったからBが心配だったんだろう。
渋々な態度だったけど結局一緒にBの後を追った。
少し小走りに戻るとBが例の社の前で屈んでいた。
何でBが急にあんな事を言い出したのか知りたかったからなのか、どちらからともなく、俺とAは木の影から様子を伺ったんだ。Bはどうも社の中を覗き込んでいるようだった。
他の事は気にならないって感じでますます様子がおかしかった。
ゆっくりとBが社の中に手を突っ込もうとした。
俺とAは何故か慌てて飛び出しBの体を押さえ付けて強引に引き離した。
AなんてBのTシャツの首を掴んで引っ張ったもんだからビリビリに破けてたよ。
それでもBはまだ手を伸ばしていた。さっきBが一人残ると言い出した時とはさらに様子が違っていて、Bは俺達に目も合わせずただただ社の中に手入れようとしていた。
多分…どっちかを取ろうとしたんだろな。
単に怖かっただけかもしれない…ひょっとしたら嫌な予感がしたのかも…。
とにかく俺もAも社の中にだけは手を出したらまずいと感じてたんだ。
B「何で邪魔すんだよぉ!!」
子供が駄々を捏ねるような言葉を繰り返しながら、俺とAを振りほどこうとBはもがいた。
Bを殴り髪を掴んで力づくで引きずり倒した。
馬乗りになって押さえ付けるといつものBに戻っていた。
B「いってーな!急に何すんだよ?」
俺もAもその場で力が抜けたよ。
A「おい…お前大丈夫か?」
B「っつーか重てーんだよ!」
俺は暫くどかなかった。まだ疑ってたからね。
俺とAはBに質問を繰り返したんだ。「何でわざわざ戻った?」とか
「自分が何してたか分かってんのか?」とかね。どっちかって言うと理解して安心かった。
ただBは訳分からないって感じで話が噛み合わなかったしあんまり覚えていないようだった。
一向に話は噛み合なかったけど、Bは元に戻っているように見えた。
とりあえず俺たちは早く家に帰りたかったから歩き出したんだ。
夏の朝は早いもので、気付けば空も白み始めてた。
辺りが明るくなってくると不思議と安心するもので、俺たちは(今度は)苦もなく森に入ったフェンスに辿り着いた。
さっきまであんなに探しても出られなかったのに。
多分俺らを追いかけた族がやったんだろうけど、単車のタンクがへこんでた。
しかも鍵穴がなんかガチャガチャになってたし…、ま、盗まれなかっただけマシだったな。
「ポリに捕まるなよ?」
いつもと同じ言葉で朝方の道路を家へと向かった。BはAが送っていった。
家に着くと、疲れからかあっという間に眠りについた。
昼過ぎに目が覚めると、外には雨が降っていた。
雨が降っていたせいで気が滅入った。かなり強く降っていたから
「今日はどこにも行けねーなー」なんて思いながら台所で飯を食った。
居間に行くとお祖母ちゃんがお茶を飲んでた。普段はそんなに改まって話すこともないのに、ふと「地獄の森」の事を知ってるか気になった。
祖母「今起きたんかい?夜遊びばっかりして。お母さんに面倒かけるんじゃないよ」
俺「うん…。ところでお祖母ちゃん、○川のところにある森知ってる?
俺達は地獄の森って呼んでるんだけど…」
祖母「あんたあんなとこに行ったの?」
俺「いやいやいや、行ってないよ。子供の頃有名だったからさ」
お祖母ちゃんが予想外に否定的な反応したせいか思わず嘘をついてしまった。
俺「友達と話してたらちょっと思い出してさ、今度行ってみようかって話しになっただけ。行かない方がいい?」
祖母「あんなとこ行ったってしょうがないからね、変なとこ行くんじゃないよ」
俺「変なとこって…何かあんの?」
祖母「別に何もないけどね…用も無いとこに行くもんじゃないの」
少し怒っているように見えた。明らかに何かあると子供ながらに感じたよ。
俺を近付かせたくないみたいだった。
当然、俺の頭の中では昨日の出来事を連想していた。中々事実を切り出せなくて困っているとさらにお祖母ちゃんが続けた。
祖母「あそこはねぇ、お祖母ちゃんが子供の頃から近付くなって言われてたのよ?良くない噂も多いし…近付いちゃ駄目よ?」
何も無いって言ってたのに…。
最後は諭すような話し方だった。俺は生返事をして部屋に戻った。
煙草を吸いながらぼーっとあの森での事を思い出していた。
俺達が知ってる「地獄の森」の噂ってさ、共通点が無いんだよ。
それに俺達が見た社や鏡、お面の事なんか全く出てこない訳。
一つ目は殺された姉妹。
二つ目は四百年前の怨霊。
三つ目が白い服の老婆。
他にも噂があるのか、或いは全部噂に過ぎないのか、真相は何なのか…
なんて分かるはずも無い、とりとめも無い事を考えていた。
それに、昨日のB…。何が起きたんだろう。普通じゃなかった。
Bはどっちが欲しかったんだろう?正直、どっちも怪しい。
お面を手にとってほくそ笑む姿や鏡を覗き込みながら満ち足りた顔をしているBの姿が浮かんできた。
浮かんできてはその度に頭の中の映像を掻き消した。
とりあえず、Aに電話してみる事にした。Bじゃなかったのは…。
もし電話してBに何か起きてたらと思うと怖くて電話出来なかったからだった。
俺「A?特に用事があったわけじゃねーんだけどさ…」
A「いや丁度良かった。お前今暇?ちっとヤバそうなんだよ。さっきBに電話したら何かおかしいんだよ」
不安が増してきた…。
俺「おかしいって?」
A「おぉ、何かずっと昨日の話ばっかでよ。何で止めたのかとか、お前は欲しくないのかとか言い出しててよ…。邪魔してんじゃねーとか言われて頭来たんだけどよ…ヤバイよな?」
A「とりあえずこれからBんとこに行くわ。お前どうする?」
俺「俺も行くよ。Bの家でいいんだろ?」
A「じゃあBん家の横にある自販の前で待ち合わせな」
嫌な映像が頭の中で流れてた。…多分Aも同じだっただろう。
昼間だったし、雨だったから(中坊らしく)傘差しながらチャリンコに乗ってBの家に向かった。
お祖母ちゃんには本当の事話した方が良いかもなんて考えはチラついたけど、何となく言い出しにくくて
それはしなかった。
Bの家に着くと、いつものように自販の横で煙草を吸いながら俺を待っていたAと合流した。
玄関でBを呼び出したけどBはいなかった。
Bのお母さんが出てきてこう言ったんだ。
「あれ?A君と遊びに行くって出てったわよ?一緒じゃないの?」
Bはきっと森に行ったんだと思った。それ以外考えられなかったし、雨の中で社の前に立つBを想像していた。
Bのお母さんには適当に話を合わせて俺達はすぐに森に向かった。
雨のせいで滅入ってた所に、さらに重苦しい不安が積み重なって来た。
森に着くと早速フェンスを越え中へと進んだ。大粒の雨のせいで物音は聞き取れなかった迷った記憶を思い出しながら進んでいくと、遠くに人影が見えた。Bだ。
何か迷っているように見えた。
俺「Bー!何やってんだよ!こっちに来いよ!」
A「おーい!風邪ひいちまうぞー!」
俺達は走ってBのとこまで行ったんだ。でもBはすぐに走ってどっかに行っちまう。木が邪魔で何度も見失っては探し、見つけては見失った。
ようやくBに追いついた時には俺もAも息が切れてたよ。
邪魔だったから傘も差していなかったせいでびしょ濡れだった。やっとの思いでBを捕まえて、逃げ出さないように俺もAもBの腕を掴んでた。
Bは俺達なんか意識の外で…、ずっと「見つかんねぇ…どこだよ?」
「あ~ヤバいヤバい。早くしねーとヤバイよ…」といった独り言を呟きながら辺りを見回していた。
時々、聞き取れないくらいの声で何かを呟いてた。
今思うと、鏡とお面に呼びかけてたのかも…記憶を探ってみると『祝詞』のような感じだった気がする。(こじつけかもしれないけど)
Aも俺も、自然と泣けてきた。友達がこんな事になるなんて考えた事もなかったし何をどうしたらいいかまるで分からなくて…不思議と泣けてくるんだ。
いつも強気で誰に対しても噛み付くようなAが、聞いた事がないくらい優しい言い方でBに声をかけていた。
A「なぁB、次は俺も一緒に探してやるから…雨が降らない日にしようぜ?絶対に、約束するから…。な?頼むよB、一緒に帰ろうぜ」
A「風邪引く前にどっかで休もうぜ?缶コーヒー奢るからよ」
何でなのか理由は分からないけど少し間を置いてBが頷いたんだ。
俺達と視線を合わせてはくれなかったけど、もう独り言は言わなかった。
俺もAも泣きながらBの腕を掴んで、お互いの傘をBが濡れないように差してたよ。
Bと一緒に帰れるって事だけで充分だった。
出口のフェンスを越えていた時だった。雨合羽を着たおじさんに見つかったんだ。
怒鳴りながら小走りで近付いてきた。
「こらぁ!入っちゃ駄目だろ~。何で入ったんだ?」
俺とAは「すみません」としか言わなかった。早くその場を離れたかったからね。
おじさん「ん?その子どうした?大丈夫か?」
A「平気っス。勝手に入ってすみませんでした…」
おじさん「君達どこの子だ?」
俺「大丈夫ですから気にしないで下さい。俺達もう行きますから」
俺達の様子がよっぽど怪しかったのか、なかなか帰らせてくれなかった。
おじさん「おじさんなぁ、三丁目に神社あるだろ?あそこで神主やってんだ。ここも管理しててな、たまに見回りに来るんだよ。何かあったんじゃないのか?」
神主って言葉がやけに響いた。最初は顔を見合わせてどうするか悩んでた俺達は、気が付けば藁にもすがる思いで俺とAは昨日からの出来事を捲し立てた。
結局、俺達三人はそのおじさんのバンに乗って、神社に行く事にしたんだ。
「少し落ち着いて話を聞きたい」って事でさ。
BはまだいつものBに戻ってなかったけど、単にぼーっとしてる感じだった。
もう独り言も呟いてなかった。
神社に着くと、奥にあるおじさんの家で風呂に入らされた。
「俺のせいで風邪引かれたらたまったもんじゃねぇからな」とはおじさんの言葉。
今思うと俺達が遠慮しないように気を回してくれたんだな。神社に戻り、今度は落ち着いて昨日の事、今日の事を話した。温かいお茶が美味しかったな。
ひとしきり話をして、俺達はおじさん=神主の言葉を待ったんだ。
主「大体分かった。君と君(俺とA)は別になんとも無いんだな?」
A俺「俺は大丈夫っす」
A「それよかBは大丈夫なんすか?」
主「う~ん…少し待っててくれるか?」
そう言うと奥へと下がって行った。誰かと話しているみたいだった。
戻ってくると、静かにこう言った。
主「大丈夫、今なら元通りになるよ」
A俺「マジすか!?良かった~!」
主「でもまだ気は抜けないからね。
B君の親御さんには俺から連絡入れておくから、後は任せなさい。」
A「どうなるんすか?」
Aが少しだけ攻撃的な口調で訊ねた。友達を心配しているAの心情を察したのか神主のおじさんはちゃんと話してくれた。
主「B君はおじさんの知り合いの方に一回見てもらった方がいいんだよ。大丈夫。信頼できる方だから必ず良くしてくれるよ」
俺「それ何するんすか?お祓いとかすか?いつまでかかるんすか?もしかずっとって事になるとか…」
主「いやいや、そんなにはかからないはずだよ。ただこういうのは順序ってのがあるからね」
A「知り合いってどこにいるんすか?」
主「それは言えないね。言ったら君達行くだろう?それじゃあ駄目なんだよ」
相当疑ったしその後もかなり噛み付いたが、結局はよく分からなかった。
ただそういうモノだと理解して強引に納得した。何よりBが元通りになるなら他の事はどうでも良かったしね。
神主さんの電話を受けて、Bのお母さんがやって来た。
続いて俺の親、最後にAの親父さんが迎えに来た。
BとBのお母さんだけを残して俺達はそれぞれ家に帰ることになった。
帰り際に俺達が見た社とその中の物について訊いてみた。
主「それこそ知らなくてもいい事だよ!!」
一言で終らされた。
温厚な人だったけど、この時だけは怖かったな。
Bはその翌日から早速行ってしまった。行先は教えてもらえなかった。
Bのお母さんは変わらずに接してくれたけど…俺達は申し訳無い気持ちで一杯だった。
残された俺とAは、退屈な夏休みを過ごした。
9月に入り、10月が過ぎて11月になっても、雪が降ってもBは戻って来なかった。
俺もAも、進路の事で周りが慌ただしくなっていた。
高校は別々になったけど、Aとはちょくちょく会っていてあの時の事を話し合った。
Bん家の横にある自販で缶コーヒー飲みながら煙草を吸ってみたり、神主さんのとこまで行っては「もしかしたら帰って来るかも」と勝手な期待をしては寂しい思いを繰り返していた。 次第に、神社に行ってBがどんな状態なのか、いつ戻ってくるのか聞く回数も減っていった。
何度かあの森の事を調べようともしたけど、結局教えてくれなかったし他に知っている人も探せなかった。知る方法も無かった。
俺達は絶対にあの森の話を誰にもしないって約束した。それだけ後悔してたし、俺達の話を聞いて誰かがまた辛い思いをするのは嫌だったから。
気付けば、いつの間にか俺達は高校を卒業する年になっていた。
高校を卒業してAは地元で大工になり、俺は受験に落ち、ある種気ままな浪人生活を送り次の春を迎えた。
俺の邪魔をしないように気を遣って連絡を控えていたAから連絡が来たのは、奇跡的に大学に受かった一週間後だった。
A「受かったんだって?良かったじゃんよ!とりあえず祝ってやるから出てこいよ!」
誰から聞いたんだか…。
何で俺が言う前に教えちゃうかな。
まあ…やっぱり嬉しかったよ。辛い一年間が終わった事も嬉しかったし、久しぶりにAと会うのはもっと嬉しかった。
地元の居酒屋につくと、Aが「おい!こっちだよ」と満面の笑みで手を振っていた。
最後に会った時より顔付きは優しくなったけど、ガタイはさらにいかつくなってた。
A「久しぶりだな優等生!お前どんな裏技使って受かったんだ?」
俺「うるせぇ俺の引きの強さを知らねぇな?」
久しぶりにAとお互いを馬鹿にしあって本当に楽しかった。
ただ…ここにBがいない事だけが寂しかった。きっとAもそうだったんだろう。
俺は出来る限りその話題に触れないようにした。
居酒屋を出てふらふらしながらAと歩いた。
煙草を吹かしながら、お互いに言葉も出さずに随分歩いた。
気が付くと、俺達はあの神社の前まで来ていた。
見上げると、雲一つない空に月が綺麗に佇んでいた。
A「なぁ。Bに合いてぇな」
俺「…」
A「実はよ、どこにいるか聞いたんだよ」
俺「嘘つくなよ。誰に聞いたんだよ」
A「ここの爺さん」
俺「なんでお前に教えてくれんの?」
A「仕事でよ、ここを少し直したんだよ。その後にな…」
俺「どこいんだよ?」
A「○○県」(詳しく言えないけど東北地方ね)
俺「は?なんでそんなとこにいる訳?」
A「神主のおっさんの知り合いに見てもらうって言ってただろ?んでその知り合いがいるのが○○県にある神社にいるんだとよ」
俺「作んなよ。俺達に教えてくれる訳ねーじゃねーか」
A「あん時は俺達がガキすぎたんだよ。こうして社会に出てる姿見て
教えても大丈夫って事で教えてくれたんだよ」
俺「お前、それいつ聞いたんだよ?」
A「去年の年末」
俺「何ですぐ言わねーんだよ!!」
A「お前、大事な事があっただろうがよ」
思い出した。なんだかんだ言ってAは良い奴だった。
俺が落ち着くまで我慢してたんだと。。。いかつい癖にカッコつけやがって。
Aの仕事の都合で、二週間後のに俺達はBのいる○○県へと向かった。
Aがローンで買ったワゴンで俺達は夜中の高速を北上した。
俺はまぁ良いとして、Aは二日しか休みが無かったのに
「車でってのが良いんだよな!こーゆーのは!!」なんて言ってた。
日帰りで行ける距離だと思ってたらしい。無茶苦茶だよ。
季節的にはもう春に入ってたけど、車で2~3時間も走った頃には外はかなり冷え込んでた。道の端にはまだ大分雪が残ってた。
長時間の車移動も、疲れるってよりも興奮の方が大きくて途中インターで飯食ったりしながら運転を交代しつつ、夜明けまでかけて目的地に向かっていった。
神社の爺さんに聞いた場所を慣れない地図を片手に進んでは停まって地図を見て、また少し進むって事を繰り返した。
多分ここだろう、って場所に着いた頃にはすっかり日が昇ってた。
車を降りて見回すと、地面に直接木が埋め込まれてる階段が(こういうのなんて呼ぶんだ?)少し離れたところにあった。
どうやらそこを上って行かないとその神社には辿り着かないらしい。
ここまで来ると春とか関係なく寒さが強烈で、地面はまだまだ雪があってまともに歩けなかった。ぶるぶる震えながらポケットに手を突っ込んで登ったよ。
相当時間かかったけど、何とかそれらしい古い建物の前に来た。
お世辞にも綺麗だとは言えなかったな…。
こんなとこに人がくる訳ねーだろってくらい不便なとこに建ってたし、誰か管理してんのかよ?ってくらい寂れてた。)
Aと二人、神社の正面にしばらく無言で立ってた。
もうさ、散々寂しい思いをしてきたからさ。またそんな事になるってのが嫌だったんだよ。
もしもここが違う場所で、今日もまた途方に暮れて帰らなきゃならなくなるって事だけは勘弁だった。
俺達は神社の中を覗き込もうとしたんだけど、鍵がかかってたし近くに家とかある訳でも無いし、とりあえず周りを一周とかして何か起きないかって淡い期待を抱いてたんだけど…何も起きなかった。
どのくらいだろ?2時間くらい?寒い中うろうろしてたんだけどさ
もう心が折れて「本当にここなのかよ?」って気持ちが溢れてきた。
Aもやたら苛ついてたし、空き缶に溜まった煙草の吸い殻だけが増えていった。
日が暮れ始めた頃、項垂れながら車に戻った。
車の暖気を待つ間お互い無言だった。計画なんて立てなかったから今日どこで寝るんだろうとか、民宿に泊まれるかとか風呂入りたいとか、とにかくどーでも良い事だけ考えてた。
暫くすると、お互い無言のまま神社を離れた。
さすがに体だけじゃなく精神的にも疲弊しきってた俺達に、そのまま帰るってのは無理な話しだった。
車を走らせ今晩過ごせる場所を探した。
何とか市街地に出る事が出来て、とりあえず晩飯を終わらせ素泊まりできる民宿に泊まる事ができた。
風呂に入り、電気を消して暗さに慣れた目で天井を見てた。
俺「今日は疲れたな。やっぱり新幹線とかのが良かったな」
A「悪い」
俺「明後日仕事だろ?大丈夫かよ?ちゃんと帰れるか?」
A「ん、まぁ大丈夫だろ」
意識して言い争いにならない様にお互い言葉を選んだ。
疲れてたけど中々寝付けなかったから、途切れ途切れで話しをしてたんだ。
それでも俺達はまた無言になり、いつの間にか眠りに落ちていた。
目を覚ますとやる気満々の顔になってるAがいた。
A「おう!早く起きろよ。すぐに行くぞ!」
俺「???」
A「B探すに決まってんだろうが!」
一緒に来たのがこいつで良かった。空元気だろうが何だろうが昨日の敗北感を消してくれたからな。
早速準備をして、また神社に向かったんだ。ただ、今度はもう少し策を使おうって事でさ、途中の公衆電話から神主のおっさんに電話をしたんだ。
(ちゃんと電話番号を持ってるあたりがAの意外なとこなんだよな。
ちなみにこの時代はいいとこポケベル。携帯があればかなり助かったのにな)
A「もしもし?Oさんですか?Aですけど。今○○に来てるんすよ」
O「???」
※この後分かりにくくなるからOさんにしときます。
A「あ、いやお爺さんに教えてもらったんすよ。で、場所よく分からないから電話したんすけど、Bってどこにいんすか?」
(A:やべぇ、すげぇパニくってる!!クヒヒ!!)
Aのドヤ顔がかなり面白かった。
O「xxxxxxxxx?xxxxxxxxxxxxxxxx、xxxxxxxx。xxxxxxx!!」
何言ってるか俺には聞こえなかったけど一生懸命何か言ってるみたいだった。
A「大丈夫っすよ。顔だけ見て安心したら帰りますから。
え?あ、そうすか?すいません、助かります!!」
電話を切るとAは満面の笑みで「かなりビビってたけどよ、諦めたみてーでこっちの人に連絡してくれるってよ。あの神社で待ってれば昼前にはBを連れて来てくれるようにお願いしてくれるって」…強引な裏技いきなり使いやがって。今考えたら最後のカードをいきなり切ってるようなもんだったな。
昼まで待ちきれなかった俺達は、早速現地について車の中で待つ事にした。
昨日と随分違うのは期待が現実に変わる可能性が高いって事と、俺もAもそれを信じて疑わなかった事だな。
今思うとちゃんと連絡とれるか分からないかもしれないとは一切考えなかったな。
浮かれてたんだな。
小一時間くらい立った頃かな?車のバックミラーに人影が映ったんだ。
二人組の男だった。俺達は目を合わせ、頷いた後車から降りて二人が来るのを待った。
一人は背の高い若い男。一人は爺ちゃんって言っても良いくらいの感じだった。
俺達の車の前まで来ると足を止めて無言で立ってた。
すぐにBだって分かったよ。でも、あんなに会いたかったのにいざ会うと何て切り出せばいいか分からなかった。
「久しぶり」「お前何してたんだよ?」「何で帰ってこねーんだよ?」
どれも正解で、どれも間違えてる気がした。もしかしたら会いたかったのは俺達だけで、Bはほっといて欲しかったのかもって急に思えて来て怖くなった。
「こんなとこまでわざわざ来やがって…相変わらずお前らどーしよーもねーな!?」
そう言ってBがニカッっと最高の笑顔を見せた。その瞬間、嬉しさがこみ上げて来た。
俺達の知ってるBだった。
A「何だよお前?わざわざ来てやったのによ?殺すぞ?」
俺「お前いい加減にしろよ?」
その後はまぁ、言葉が出なくなったんだけどね。三人とも「うんうん」見たいな感じで頷く事しか出来無かった。
B「あぁ、やべ。紹介するわ。俺がこっちで世話して貰ってるOさん」
A「Oさん?」
B「簡単に言うと、俺達の地元の神社の神主さんいただろ?あの人の叔父さんなんだよ。あの後この人に預かってもらって、恩返しで仕事手伝ってんだ」
この叔父さんが本家筋、俺達の地元の神主さんは分家なんだとさ。分家だけじゃ荷が重過ぎるって事で本家の力を借りたってのが本音らしい。
積もる話しは尽きなかったから、Bの家で飲み直そうって話しになった。
Oさんに色々面倒見て貰ってて、安いアパートを紹介してもらってそこに住んでるらしい。
話しは大いに弾んだがやっぱり俺とAには気になって仕方の無いことがあった。
「Bがあの後どうなったのか」と「何で今まで帰って来るどころか連絡もしなかったのか」
そして「地獄の森」の真実だ。
話しを切り出しBに訊ねてみると
「もう少し待てよ。来年、いや再来年には多分そっちに帰れるし話せると思うから」ってはぐらかされた。勿体ぶっているのとは少し違うみたいだし、Bがそう言うならって事で話題を変え、朝まで三人、しこたま飲んだ。
翌日、二日酔いに耐えながらの車は人生でもワースト3に入るくらい辛かった。
(途中何度も強制的にインターに寄る事になったよ)
それから2回目の夏、あの夏から数えて丸6年、やっとBが帰ってきた。
祝いの酒を楽しみにしていたが俺達の顔を見るなりBの口からは意外な言葉が出てきた。
B「懐かしむ前に、行くとこあるよな?今から行くぞ」
Bが喜んだり懐かしんだりする素振りも見せなかった事に内心驚いてたが俺達の事は気にせず、Bは離れて立っていた。
少しすると古いバンがやってきた。車から降りてきたのは神主のおっさんだった。
こっちに戻ってくる前にBから連絡しておいたらしい。俺達を乗せた車は川の方へ向かって行った。
俺達三人は「地獄の森」に戻って来た。
前と違うのはそこには神主のおっさんがいる事、そして初めてフェンスの扉を「開けて」森に入った事だった。
話すならここが良いだろうってBの提案らしい。
森の中をゆっくり歩きながら、俺とAは「地獄の森の真実」を聞かされる事になった。
(よく理解できない所も多かったし、全部覚えてる訳じゃないけど出来る限り書いてみる)
それは突拍子もない話から始まった。
昔々の話し。
それこそ聞いた俺達(Aと俺)でさへ眉唾になるくらい古いの話し。
もしかしたら話してるOさんとBも自分で言ってて訳分からなくなってんじゃ
無いかってくらい嘘臭い話しだった。
まだそこら中に神様がいるって信じられてた頃、神様に捧げる祈りの一つに舞ってのがあった。
猿楽とか神楽舞とか能とかって概念がまだ無かった頃の話し。
飢饉とか災害とか流行病や侵略で簡単に人が死んでく時代に一人の舞手の男がいた。
この時代の舞ってのがどうも神様に捧げて、天恵を受ける為の大事なものだったらしい。
根本的に、今の芸能の舞とは違った訳だ。
ただ、いつだって神様は応えてくれなかった。
いくら舞を捧げても屍はそこら中に溢れてたし、簡単な事でそれは増えていった。
遂には男が愛する妻と一人娘まで、流行病に侵されていつ死ぬかもしれなかった。
それでも男に出来る事なんて他には無くて、一心不乱に神様に舞を捧げてたんだ。
どこから聞いたのか、誰から聞いたのか、男の舞は具体的な手段に変わっていく。
月夜の晩に桂の葉から零れ落ちる夜露を厚め、祈り(舞)を捧げ神に報われる事で万能の薬が出来上がる。
男はその土地で神がいると信じられていた大岩の前で昼夜を問わず七日七晩祈りを捧げた。
やがて、雫は一口の薬となり八日目の朝、男は動かなくなったからに鞭打って大切な家族の住む家へと帰った。
万能の薬を手に入れたはずの男が目にしたもの、それはすでに屍となり腐臭を発する我が妻と娘の変わり果てた姿だった。
すでに精魂使い果たしていた男は、そのまま崩れ落ちるようにその場で息を引き取った。
男が死んだ時、その顔には舞にて被る面がまるで皮膚と一体化しているように被られたままだった。
土地の司祭(呼び方覚えてない)が神に捧げるための奉納物として面を預かり、奪いにくる者が現れないようひっそりと保管された。
不思議な事に、その面はいくら年を経ても一向に朽ちる事が無かった。
やがて、時代は動乱を迎え、時代が経つとともに面はその身の置き場所を転々とし、知る者もいなくなり、何処にあるかさへ忘れられていく。
一度は失われたこの面が見つかったのは大正の初め頃だった。どういった経緯でそこにあったのか、さる名家の屋根裏から葛篭に入って出て来た。
そして、然るべき管理者という事で白羽の矢がたったのがBがお世話になったO家。
ただ、すでに本家にはご神体があり同じ場所で預かる訳には行かなかった。
ちょうどO家の親族が少しずつ枝分かれし、まだ沼地だった関東に移り住む者が出て来た、そういった時代と人の流れの中、戦後の混沌から避ける様に俺達の地元に運び込まれ、やがて森の中に社が建てられ、面は人知れず静かな時間を過ごしていた。
O家は、神主って立場柄発言力が強かった。
「森に近づくな」ってのはほぼ強制的に当時の住民に対して暗黙の掟になったらしい。
地元に電車が通っていない理由も、駅ができると人が増え森が安全じゃなくなるからって理由で村全員が反対したって事だった。今から数十年前の話し。
それでも、俺達みたいな奴らはいつの時代もいて、中にはBのようになりその度に村人に掟を思い出させた。
「森に近づくな」
好奇心の強い子供達が近づかないように、「森にはお化けがいる」「行ったら食べられる」といった噂が根付き、やがて分化していった。
それぞれの噂には元になる実話があって、必ずしも完全にデマって訳じゃないらしい。
例えば殺された姉妹は、50年以上前に突如いなくなり、神隠しにあったと騒がれた姉妹が社の前で餓死していたって話しが元になっているらしいし…。
やがて、そういった話には長い時間をかけて尾ひれ背ひれが付いたり苔まで生えてきて本当の形が見えなくなったんだ。
そしてそれが「地獄の森」の真実。
じゃぁBに起きた事は何だったのか。Bはその時の事はよく覚えていないらしい。
ただ、一言だけ「あの時は何故か分からないけど俺があの面を被らなければいけない気がして仕方なかった」と。
Oさんが言うには、あの面には物凄い力が込められていて、それは人の思いだったり依代としての霊験だったり。ただ、それは陰の力でしかなくて、とてもじゃないけど近づいて触れていいモノではないらしい。
O「Bは魅入られたんじゃないかな?持ち主としてね」
Bはまだ触らなかったから魅入られていても何とかなったそうだ。
面がBを呼び続ける限りBは元に戻らなかったし、その為にはBを遠くに「隠す」必要があった。面がBを諦めるまで、忘れてしまうまで、Bがこっちに戻って来ても大丈夫になるまで誰にも居場所は教えられなかったそうだ。
長い話しをしているうちに、俺達は社の前まで来ていた。
あの晩と、雨の日の光景が頭の中で映像として映し出された。
いくら真相が分かったからといっても嫌な気持ちからは逃げられなかった。
O「もうこの中の面と鏡は他所へ移せたから、心配いらないよ」
O「移す場所を探して、中継に遣う場所を決めて、その土地に礼を尽くして、面に魅入られないように、怒りを買わない様に、少しずつ移動したんだ。今ある場所に祀るまで実に6年間かかった、長かったね、長過ぎたよ」
B「Oさん、何から何まで本当にありがとうございました。お前らも、ありがとうな。お前らが追っかけて来てくれなかったら、俺、多分ここにいなかったよ」
Aと俺は言葉が出なかった。なんかもう起きてる事が俺達の理解の外で頭の中がぐるぐる回ってた。Aはそれでも反応しようとしてたけど「お、おぉ」
みたいな情けない声しか出ないし、俺は声も出ないくらい情けなかった。
混乱しながら森から出て、三人並んで河原で煙草吸いながらボーッとして。
それからBは家に送られて、俺達はまだ河原にいた。
Bが戻って来たって実感が湧いたのは、三日後に三人で集まった時だった、
あれから、祀るモノの無い社は取り壊され、いつの間にかフェンスも消えていた。
あの面は今何処にあるのかは俺達三人は知らない。知りたいとも思わない。
今後出会いたいとも思わない。
長い割には大した事無い話しだけどこんなもんです。
長々と駄文に付き合ってくれてありがとう。
…でもさぁ、あれから随分経ってふと思い出すとさ、腑に落ちない事があるんだ。
ここからは俺の飛躍した想像だし、証拠とか何も無いんだけどさ…。
俺達が聞いた話し自体が『地獄の森」と同じなんだよ。
尾ひれ背ひれがついているのか、あるいは意図的に歪められたのか。
俺達が見たり聞いた物事の中に『鍵』が見え隠れしてる。
これ、月の不死信仰の話しなんだよ。次の五つを並べるとそうとしか思えない。
「月夜」「桂」「夜露」「万能の薬」そして社にあった「月明かりを映す鏡」
面については分かった。けど鏡の意味は?一切出てこないんだよ話しの中に。
何で鏡が月明かりを面に照らしてたんだ?
萬葉集にこんな歌があってさ…
天橋も 長くもがも 高山も 高くもがも 月夜見の
持てるをち水 い取り来て 君に奉りて をち得てしかも
『をち水』漢字で書くと『変若水』
あまりにも飛躍しすぎていて、これ以上は書かないけど…きっと真実を知ることは
出来ないし知ろうとすること自体禁忌なんだと思う。
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